ヨーロッパ

アルバニア旅行記 港町ドゥラス (ドゥレス)

アルバニア共和国の首都ティラナから西へ35kmほど行くと、港町ドゥラス(ドゥレス)があります。
ドゥラスはアドリア海に面するアルバニア屈指の港町です。

イタリアとの定期便もあり、港湾都市としてアルバニアにとって重要な町です。

首都ティラナからはバスで50分ほどです。
ティラナから近くアドリア海を眺められるということで、日帰り旅行に出かけました。

港町ドゥラス (ドゥレス)観光

ドゥラスドゥラスは3000年の歴史がある町であり、見どころの一つはローマ遺跡です。
その中でも一番のみどころは、ローマ時代の円形劇場です。

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※写真がなかったためWikipediaからお借りしました。

町中の観光の後、丘に登りました。

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アドリア海が広がっている風景はとてもきれいでした。

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海を眺めるのが好きなので、丘の上から海を見るのは気持ちいいものでした。

この後、海辺にも行ってみましたが、当時はゴミが多かったのが残念でした。
丘の上から眺めてる方がよいですね。

海辺にバーがあったので、ハンバーガーとビールを頼みゆっくりと過ごしました。
6月末だったのですが、けっこう暑かったのでビールが進みました。

ドゥラスの町は小さいので、半日もあれば十分観光できました。
ティラナからはすぐに行ける場所にあるので、ちょっと足を延ばすにはいい町でした。

首都ティラナについてはこちら

世界遺産ジロカストラの歴史地区についてはこちら

アルバニア旅行記 ヨーロッパ最貧国の首都ティラナ

アルバニア共和国は日本人にはあまりなじみはないと思います。

実際私もヨーロッパに入りバックパッカー仲間に聞くまで、国の存在すら知りませんでした。
でも、バックパッカー仲間から、観光スポットはないけどとても人がいい国とすすめられ訪れました。

結果として、50ヶ国以上訪れた中でも好きな国のうちの一つとなりました。

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ヨーロッパの中では経済的に最も貧しい国です。

かつては社会主義国であり鎖国状態にありました。
1990年から徐々に開放路線を取り、ようやく鎖国状態を解きました。

しかし、市場主義経済や金融の古都を知らない国民の半分がネズミ講にひっかかる、という信じられないことが起こり、アルバニア経済は破綻しました。
そして、暴動がおこりました。

このような経緯でアルバニアはヨーロッパ最貧国になっています。

ただ、わたしがおとずれた2002年当時は治安は安定していました。
また、素朴な人たちが多くて、人は明るくフレンドリーでとても楽しい滞在となりました。

アルバニア共和国の場所

アルバニア共和国は、東ヨーロッパのバルカン半島南西部に位置しアドリア海に面した国です。
北はモンテネグロ、東はマケドニア共和国とコソボ、南はギリシャと国境を接しています。

私は隣国のマケドニアからマケドニア軍の装甲車に乗せてもらいアルバニアとの国境まで行きました。
マケドニア軍装甲車に乗ったいきさつはこちら

アルバニア入国

無事、マケドニアを出国し、アルバニア川までの国境までは1kmほど歩きます。
オフリド湖を右に眺めながら歩いていると、アルバニア国境の看板がありました。

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この看板からアルバニア領となるわけですが、途端に道路の舗装が悪くなりました。

しばらく歩きアルバニア側のチェックポイントの小屋がありました。
小屋に近づくとみんながテレビの前で盛り上がってました。
当時2002年日韓ワールドカップの真っ最中で、ちょうど韓国-スペイン戦をやっていたのです。

役人も含めてみんながテレビを見てました。
そして、PK戦の末、韓国が勝つという番狂わせが起こった瞬間でした。
みんな悔しそうにしてたので、スペインを応援してたのでしょうね。

そんなときに東洋人の私が入国審査に来たものですから、「コリア!!」と声をかけられました。
タイミング悪いなと思いましたが、「日本人だ」と答えると笑顔で入国審査は無事終わりました。

首都ティラナへ

アルバニア共和国の首都はティラナです。
入国後、首都ティラナを目指しました。

ティラナに行くために、まずは国境から10kmほどのところにあるポグラデチという町までタクシーで移動しました。
バックパッカーだった時代はタクシーはあまり乗らなかったのですが、他の移動手段がなさそうだったのでしょうがないと、4ドルでポグラデチまで行きました。

ポグラデチのまちは、マケドニアのオフリドと同様、オフリド湖を臨む小リゾート地という感じでした。

ポグラデチで現地通貨に両替した後、ティラナに向かうバスを探しました。
その辺にいるおじさんに聞くと「ここでまってろ」と言い、椅子まで出してくれました。
感謝して椅子に座っていると、バスがやってきました。

するとおじさんがそのバスを止めて、乗ることができました。
入国後しょっぱなからいい人に会えて、アルバニアの印象はとても良かったです。

ティラナへの道中

バスはひたすら山を越えていきました。

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バスから見る風景は、緑も多くきれいでした。

ただ、未舗装状態のところも多くあり、土砂崩れが起こってもおかしくなさそうな個所もかありました。
また、道端には廃材や段ボールで作られた露店なんかもあり、とてもヨーロッパとは思えないような光景でした。

ちょっとネパールを思い出すような光景でした。

そのようなヨーロッパらしからぬ光景を眺め、3時間ほどで首都ティラナに到着しました。

首都ティラナの町中

ティラナは首都とはいえ、町は発展しているとはいえず田舎町という感じでした。
町中の道路もところどころ未舗装だったりしました。

10ドルほどの安宿を確保し、その後町中をぶらぶらしました。

正直、町中は取り立てて見どころはありません。

そんな街を歩いていると、ところどころで「コリア!!」と声をかけられました。
この日はそう声をかけられるのも仕方ないでしょう。

そして道端で飲んでる酔っ払いのおっさんたちにも声をかけられました。
「コリア!!」
「ノー、ジャパン!!」
と答えると、「一緒に飲め」と誘ってくれました。

英語もほとんどしゃべれない人たちだったのですが、ビールをおごってくれました。

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コミュニケーションがどれほど取れたのかは不明ですが、気のいいおっさんたちでした。
2本ほど飲ませてもらい、いい感じになりました。

アルバニア1日目で、いろいろといい人たちに会うことができました。
バックパッカー仲間から聞いていた、「アルバニアは人がいい」という言葉を実感した1日でした。

見どころ、観光地はないのですが、旅の醍醐味は人との出会いです。
私はアルバニアがとても好きです。

世界遺産ジロカストラの歴史地区についてはこちら

港町ドゥラスについてはこちら

マケドニア軍の装甲車に乗った日 マケドニア-アルバニア国境

マケドニアの聖ナウム修道院(スベティナウム)を後にし、次の国アルバニアに向かいました。

聖ナウム修道院はアルバニアとの国境間近のところにあります。
観光を終え、国境まで向かいました。
なお、アルバニアは観光目的で90日以内の滞在はビザ不要。
とはいえ入国時にビザに準ずる€10を現地で支払う必要はあります。

マケドニア-アルバニアの国境への道

アルバニア国境に向かおうとするとタクシーが声をかけてきました。
金額を聞いてみると5ユーロとのこと。

国境までの距離はわずかに2,3キロです。
日本円で考えると大したことないのですが、マケドニアの物価からすると高いと感じました。
当時バックパッカーだった私は5ユーロをケチり、歩いていくことにしました。

バックパックを背負いテクテクと歩きました。
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6月で天候もよく、美しいオフリド湖をみながら歩きました。
30分くらい歩いていると、後ろから普通の車とは違う大きな音が聞こえてきました。

振り返ってみるとマケドニア軍の装甲車が向ってきていました。
多少緊張するものの国境付近なのでマケドニア軍がいるのも当たり前かと思い、道の端の方によけました。

マケドニア軍装甲車

私の横を装甲車が過ぎ去ったと思ったのも束の間、目の前でその装甲車が泊まりました。
そして、装甲車から軍人が出てきたのです。

私自身は何も悪いことはしていません。
法律違反もしていないはずです。

しかし、軍人が出てきました。
外国ではどのようなことが起こってもおかしくないのです。
そして、軍人がこっちに来いと手招きしました。

心臓が心臓がバクバクいいました。
緊張しながらも、無視はできないで近づきました。
何が起こるかと思っていると。軍人が親指を立て装甲車の方をさしました。

「ん?」

一瞬分からなかったのですが、何と「装甲車に乗っていけ」といっていたのです。

「え?まじ?」

近づいてみると、軍人は笑顔で装甲車の中に招いてくれました。
なんと、マケドニア軍の装甲車をヒッチハイクしたんです。

装甲車に乗るのはもちろん人生初めてです。
装甲車の中はとても狭い空間でした。
冷房などなく、かなり暑かったです。
軍人はこのような環境に身を置いて、国を守っているのだなと実感しました。

アルバニア国境まではわずか5分ほどでした。
軍人の1人はちょっと英語が話せたので、少しだけ会話をしました。

国境まで来て装甲車を居りました。
軍人2人は笑顔で私を送ってくれました。

なかなかできない経験をしました。
おそらくマケドニア軍の装甲車に乗った日本人は私くらいではないでしょうか。

このような経験をできるのも旅の醍醐味ですね。
バックパッカーになってよかったと思う一時でした。

マケドニア旅行記 聖ナウム修道院(スベティナウム)と孔雀

聖ナウム修道院(スベティナウム修道院)はマケドニア共和国観光の中で見どころの一つとなっています。

この聖ナウム修道院(スベティナウム修道院)は東方正教会の修道院です。
この地に修道院を開いた聖人ナウムにちなんで名づけられました。

聖ナウムを現地の言葉でスベティナウムと呼びます。
私はバックパッカー時代に訪れ、ガイドブック等の情報はなく現地の人に聞いていたのでスベティナウムという名前で覚えていたので、聖ナウムという名は日本に帰ってから知りました。

この聖ナウム修道院はマケドニアの人たちにもおすすめされ、また次の国アルバニアの国境の町でもあるので向かうことにしました。

聖ナウム修道院(スベティナウム修道院)の場所

 

マケドニア共和国の世界遺産オフリドの町から、オフリド湖沿いを南に約30km。
隣国アルバニアとの国境にほど近い場所に聖ナウム修道院(スベティナウム)はあります。

オフリドの町でバスに乗り、美しいオフリド湖を横目に見ながらぐるっと回って50分ほどで聖ナウム修道院(スベティナウム)に到着します。

美しいオフリド湖や自然を見ながらのバスの旅もよいものでした。

聖ナウム修道院(スベティナウム)の孔雀たち

聖ナウム修道院(スベティナウム修道院)はオフリド湖沿いの小高い丘の上に建っています。
バスを降りて丘を登ります。

すると修道院、教会が見えてきました。

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なおこの教会は大きくはないのですが、フレスコ画が見事です。
内部は撮影禁止なので写真は撮りませんでした。

また、この聖ナウム修道院(スベティナウム修道院)の見どころの一つ、名物ともなっているのが孔雀たちです。

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修道院の敷地に何羽も孔雀がいます。
なかなか羽を開くことはないので、残念ながら孔雀らしい姿は撮れませんでした。
それでも色鮮やかな鳥でキレイでしたね。

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上の写真ではちょっと分かりにくいかもしれませんが、白い孔雀もいました。
この孔雀も色鮮やか孔雀と違った美しさがありました。

 

この聖ナウム修道院(スベティナウム修道院)は丘の上にあるので湖も見渡すことができ、とても景色のいいところです。
孔雀も見られますので、マケドニア共和国に旅行するのであれば観光地としてぜひ押さえていただきたいところです。

この後、アルバニア国境に向かいました。

アルバニア国境途中でマケドニア軍装甲車に乗った話はこちら

マケドニア旅行記 世界遺産オフリド

マケドニア共和国のオフリドは、オフリド湖のほとりにある自然豊かな町です。

オフリド地域の自然・文化遺産」として世界遺産として登録されています。
マケドニア共和国では、唯一の世界遺産です。

オフリドはマケドニア共和国随一の観光地となっています。

オフリドの場所

オフリドはマケドニア共和国の南西部に位置しています。
オフリト湖はマケドニアとアルバニアにまたがっている湖です。

首都スコピエからオフリトへはバスで3時間ほどです。
バスから見る山々の風景もよかったです。

オフリド観光

オフリドに到着後、プライベートルームと呼ばれる民泊に泊まることにしました。
通常のホテルに比べるとだいぶ安く泊まることができます。
そのため、バックパッカーにとってはありがたい存在です。

宿を確保し、すぐに観光に出かけました。

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オフリド湖が広がっています。

オフリド城塞

またオフリドの町の丘の上には城塞があります。
眺めがよいということで、上ってみました。

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城塞から見るオフリドの町は豊かな自然と街並みが融合していて美しかったです。

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美しい風景を見ながら、とても静かでのんびりできる場所でした。

オフリドの教会

オフリドには数多くの教会があります。
かつては市内に365もの教会があり、マケドニアのエルサレムとも呼ばれていました。

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このように正教の寺院です。
ブルガリアのリラの僧院を思い出しました。

このほかにも寺院はたくさんあります。

オフリドの町は美しい光景が広がり、のんびりしていていい町でした。
オフリドの町は小さいので観光も1日で回ることが可能です。

マケドニア旅行にいくならぜひオフリドにも訪れてみてください。
また、オフリドの南には聖ナウム修道院(スベティナウム修道院)という見所もあります。
この聖ナウム修道院(スベティナウム修道院)からは美しいオフリド湖を眺められ、また美しい孔雀も見ることができるのでお勧めです。

聖ナウム修道院(スベティナウム修道院)の様子はこちら

マケドニア旅行記 首都スコピエ

マケドニア共和国という国を訪れた日本人は少ないかもしれません。
マケドニアは東ヨーロッパのバルカン半島に位置する国です。
かつては旧ユーゴスラヴィアの構成国でした。

マケドニアといえば、歴史で習ったアレクサンドロス大王を思い出すかもしれませんね。
また、マザーテレサが生まれた国でもあります。

宗教的には正教会とイスラム教が中心となります。

私はそんなマケドニアをバックパッカー時代に旅行しました。

マケドニアの場所

マケドニアはバルカン半島にあります。
北はセルビアとコソボ、東はブルガリア、南はギリシャ、西はアルバニアと国境を接しています。

マケドニア共和国の国土の大部分は山地になっています。

首都スコピエ 観光

そんなマケドニア共和国の首都がスコピエです。
古代ローマ帝国時代に作られた歴史ある都市です。

マケドニア共和国最大の都市で全人口の3分の1がスコピエに居住しているそうです。

文化的には正教会とイスラム教の二つの宗教の影響を受けている都市です。

スコピエ城塞

スコピエ観光のメインともいえるのがスコピエ城塞です。

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写真が暗くてわかりにくいですが、右の奥にモスクが見えます。
ムスタファ・パシャモスクです。

スコピエ城塞は小高い丘にあるので、町を見下ろすことができます。

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マケドニア人は人懐っこい国民性で、とても優しくいい人が多いです。
いろいろと話しかけてきたりと楽しかったです。

なかなかマケドニア、スコピエに訪れる機会はないかもしれませんが、マケドニアはのんびりして物価も安いいい国です。
もし興味があれば訪れてみてください。

マケドニアの世界遺産オフリドについてはこちら

バチカン市国旅行記 世界一小さな国

イタリアのローマの中に、世界一小さなが存在しています。
それがバチカン市国です。

バチカン市国は、ローマ教皇庁によって統治された国です。
ローマ教皇は全世界のカトリック教徒の精神的指導者です。
そんなローマ教皇庁が治めるバチカン市国は、カトリック教会の総本山といえる場所です。

また、バチカン市国は、国全体が世界遺産に指定されています。

バチカン市国の情報

バチカン市国はローマの中にあります。

町の中に国があるというのが不思議な感じがしますね。

バチカン市国の国土面積は、わずか0.44平方キロメートルです。
ちなみにディズニーランドが0.52平方キロメートルなので、ディズニーランドよりも小さいです。

さすが世界最小国ですね。

バチカン市国観光へ

バチカン市国はローマの地下鉄A線のオッタヴィアーノ駅(Ottaviano)から徒歩10分くらいです。
それ以外にもバスやトラムで移動することもできます。

ちなみに入国時に入国審査はありません。

バチカン市国入国に際しては服装に注意しましょう。

バチカン市国の最大の見どころといえるのがサンピエトロ大聖堂です。
このサン・ピエトロ大聖堂は神聖な場所のため、肌の露出度の高い服装はNGです。
キャミソールやミニスカート、ショートパンツなどでは、入れない可能性があります。

神聖な場所であるということに敬意を払った服装にしましょう。

サン・ピエトロ大聖堂

サン・ピエトロとは聖ペテロのことです。
キリスト教の使徒ペテロの墓所を祀る聖堂とされています。

カトリックの総本山とされる場所です。

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曇っていたため写真は暗くなってしまいました。

さすがにカトリックの総本山だけあって、多くの観光客が訪れます。

サン・ピエトロ大聖堂は荘厳な作りです。
中に入ってもすごいです。
建物自体の作りもすごいですし、様々な像や装飾が見られます。

神聖な場所だから駄目だと思って写真を撮らなかったのですが、一部を除いて撮影はOKだそうです。
撮らなかったことが悔やまれます。

クーポラ(ドーム)

サンピエトロ大聖堂のクーポラ(ドーム)に上ることができます。
このクーポラからはバチカン市国を一望できます。

階段で上がることもできますが、実はエレベーターもあります。
料金は途中までエレベーターで上る場合は7ユーロ、全て階段で上る場合は5ユーロの2種類です。
けっこうたいへんなので、体力に自信がない人にはエレベーターをおすすめします。

そして、そのクーポラからの眺めがこちらです。

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ここから見る眺めはとても良かったです。
写真が暗めで分かりにくいと思いますので、ぜひ訪れてみてください。

バチカン美術館

サン・ピエトロ大聖堂とともに見どころとなるのがバチカン美術館です。

歴代ローマ教皇の収集品を収蔵展示する世界最大級の美術館です。

システィーナ礼拝堂

そんなバチカン美術館の中でも最大の見どころともいえるのがシスティーナ礼拝堂です。

システィーナ礼拝堂の天井にはミケランジェロの描いた「創世記」や「最後の審判」があります。
とても有名な絵ですね。
教科書で見たことがあると思います。

それ以外にも様々な芸術作品があり必見の場所です。

 

ローマに訪れるならバチカン市国は外せないですね。
一度は訪れてみてほしいと思います。

イタリア・ローマ旅行記

スペインのバルセロナから、夜行バスでローマに行きました。

ユーロラインズパスという、ヨーロッパの国際線バス乗り放題のパスを利用しています。
バックパッカーだったので、ユーロラインズパスは夜行バスは宿代を浮かせつつ移動できる効率的な手段でした。

バルセロナからローマまでは20時間と比較的時間がかかります。
とはいえ、私は過去中国のタクラマカン砂漠で60時間のバス移動などを経験していたため、20時間はそれほどたいへんとは感じませんでした。
20時間もあるとけっこう長く眠れるので、夜行バスで移動しても逆に楽でした。

ローマ

ローマといえば現在のイタリアの首都というだけではなく、古代ローマ帝国時代からルネッサンスやバロック時代などを経た歴史的な町です。

ローマ市内にはコロッセオやパンテオンをはじめとした、ローマ帝国時代の遺跡があります。

それ以外にも、映画「ローマの休日」で有名なスペイン階段や真実の口(サンタ・マリア・イン・コスメディン教会)、トレヴィの泉などもあり、観光名所が目白押しの場所です。

コロッセオ

ローマ到着後、安宿を確保しすぐに観光に出かけました。

まずは世界遺産にも登録されているコロッセオに行きました。

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コロッセオはローマ帝国時代に作られた円形闘技場です。
当時はフラウィウス円形闘技場といったそうです。
かつて、剣闘士たちの血なまぐさい格闘がおこなわれた場所です。

ですが、現在ではローマを象徴する観光スポットにもなっています。

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コロッセオはデカくて、迫力がありました。
ローマ帝国時代からあるだけあって、歴史を感じさせられる建築物でした。

フォロ・ロマーノ(ローマ遺跡)

コロッセオだけではなく、ローマの町中には遺跡がそこら中にあります。

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ちょっと写真が暗くてわかりにくいのですが、古代ローマ帝国の遺跡です。
正面に見えるのは元老院会議場で、その奥にはカピトリーノの丘があります。

このような遺跡と現代の都市が融合しているところがローマの魅力の一つだと思います。

ただ、個人的にはローマ遺跡というと、シリアのパルミラ遺跡ヨルダンのペトラ遺跡の方が好きでした。

トレヴィの泉

ちょっとミーハーですが、トレヴィの泉にも行きました。

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トレヴィの泉といえば、後ろ向きにコインを投げるところで有名ですね。
投げ入れるコインの枚数によって、かなう願いが違うんです。

コイン1枚だと再びローマに来ることができ、2枚では大切な人と永遠に一緒にいることができ、3枚になると恋人や夫・妻と別れることができると言われています。

私は2枚投げ入れました。

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実際多くの観光客がコインを投げ入れていたので、泉のそこにはコインがたくさん沈んでいました。

ちなみにそのコインは、清掃員によって回収されます。
回収されたものはローマ市のものとなり、その後慈善団体に寄付されているそうです。

 

ローマは、見どころがとても多い町です。
さすがに歴史的な町だな、とあらためて感じました。

アンドラ公国旅行記 タックスヘイブンの国

アンドラ公国という国をご存じでしょうか。
日本人の中でアンドラ公国を知っている人は、おそらく少数だと思います。

アンドラ公国はピレネー山脈にあり、スペインとフランスに囲まれた小さな国です。

アンドラ公国の面積はわずか468平方キロメートルで、東京23区よりもだいぶ小さいです。
人口はわずか8万人。

フランス大統領とスペインのウルヘル司教を国家元首とする2頭体制の国です。
ちょっと不思議な感じはしますが、国連にも加盟している国家なのです。

アンドラ公国の首都アンドラ・ラ・ベリャはスペインのバルセロナからはバスで3時間程度。
日帰りでも行ける距離です。

アンドラ公国はそんな小さな国ですが、タックスヘイブンといって消費税がない国です。
そのため買い物天国と呼ばれ、買い物客がよく訪れる国です。

アンドラ公国観光

バルセロナのサンツバスターミナルからからバスに乗ってでアンドラ公国へ。
日帰りではなく1泊することにしました。

途中、山々を越えていく景色はとても良かったです。

アンドラは谷間の町という感じで、のんびりしていていいところでした。

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宿を確保し町中をぶらぶらしました。
とりたててすごい観光地があるわけではありません。
しかも、日曜日だったので多くのお店は休みでした。

ですが、落ち着いたした街並みをあるくのは心地よかったです。

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趣のある古い街並みを何も考えずに歩く感じもよかったです。
ビールを買って公園で飲んでぼーっとしたりしました。

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アンドラの山を少し上って町を眺めました。
緑が多くて景色がよかったです。

ヨーロッパの町は物価が高く見どころも多いので、慌てて回ることが多かったのですが、アンドラでは焦る必要がなく久々にのんびりできました。

買い物天国であるはずのアンドラ公国ですが、バックパッカーだった私は買い物する気もなかったので、その恩恵にはあずかれませんでした。

でも、充分堪能できました。
日帰りで買い物に行くだけではなく、のんびりとアンドラの町を満喫するのもいいと思いますよ。
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スペイン旅行記 グラナダとアルハンブラ宮殿

スペインのコルドバを後にし、グラナダへ向かいました。

グラナダはイベリア半島最後のイスラム王朝ナスル朝グラナダ王国の首都であり、有名なアルハンブラ宮殿があります。

また、海外旅行とは直接関係ないのですが、ガンダム世代にとっては「月面都市グラナダ」があるので耳慣れた町の名前ですね。

ガンダム好きなら訪れたくなる街です。

グラナダへの道のり

グラナダはコルドバの南東に位置しています。
道路でいうと200キロくらい、バスで3時間程度です。

アンダルシア州のグラナダ県の県都です。

5月末のスペイン南部はヒマワリ畑が広がっていてとてもきれいでした。

見渡す限りヒマワリという光景は日本では見られない光景です。
とても美しいので、ヒマワリシーズンにスペインを訪れる人はぜひ楽しんでください。

写真を撮らなかったのが悔やまれます。

グラナダ観光

グラナダの町はとても美しくて、歩いているだけでも楽しめます。

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グラナダは、かつてイスラム王朝の首都だっただけに、イスラムっぽさが残っています。
イスラムの雰囲気を残したヨーロッパの町という感じで、とても魅力的な町でした。

 

スペインの町の中でもかなり気に入った町でした。

アルハンブラ宮殿

グラナダの最大の見どころといえばアルハンブラ宮殿です。
アルハンブラ宮殿は世界遺産にも登録されています。

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キリスト教徒によるレコンキスタ(国土回復運動)によって覇権を奪われていったイスラムの王国が、丘の上に築いたのがアルハンブラ宮殿です。

イスラム建築の最高峰とも呼ばれた宮殿です。

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アルハンブラ宮殿は1日の入場制限があるので、早めに行くか事前に入場チケットを購入することをおすすめします。

アルハンブラ宮殿の庭園はとてもきれいです。
ベンチに座って、ぼーっとするだけでも楽しめます。
もともとは王宮なわけですから、贅沢な時間ですね。

アルハンブラ宮殿から見渡すグラナダの町もよかったです。

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グラナダの町は、イスラム教の雰囲気もあり魅力的な町でした。

個人的にはスペインの中で一番気に入った町でした。
スペイン南部に行くのであれば、ぜひ訪れてほしい町です。

 

スペイン旅行記 コルドバ イスラム文化が漂う古都

セビリアでフラメンコを堪能した後、コルドバに向かいました。

コルドバはかつてはイスラム教の後ウマイヤ朝の首都だった町です。
現在でもイスラム文化の香り漂う町です。
コルドバ歴史地区は世界遺産にも登録されています。

コルドバの場所

コルドバはセビリア、マラガに次ぐアンダルシア地方第3の町です。
セビリアからは東に約150km。
バスで2時間ほどのところに位置しています。

コルドバの町は、道が入り組んでいます。
迷いながらも宿を確保しました。

宿の値段は安く、キレイだったのでバックパッカーにとってはいい宿でした。
荷物を置いてすぐに観光に出かけました。

コルドバ歴史地区観光

コルドバはイスラム風の街並みが広がっています。
美しい街並みなので散歩するだけでも楽しめます。

メスキータ

そんなコルドバの一番の見どころともいえるのがメスキータです。

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メスキータはモスクという意味です。
もともとは世界最大級のイスラム教のモスクでした。
現在はキリスト教の教会となっています。

メスキータの見どころの一つが馬蹄形のアーチが連続する空間です。

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縞模様はキリスト教徒によって塗り替えられたそうです。

イスラム教徒とキリスト教が融合した空間です。

ローマ橋

コルドバには川が流れています。
その川に架けられている橋がローマ橋です。
ローマ橋はメスキータからすぐのところにあります。

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橋の対岸からはメスキータ、コルドバの町ががきれいに見えました。

コルドバでお祭り

対岸に渡ってみると、いくつものテントが張られていました。
何かのお祭りのようなものをしていました。
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特にこれ目当てにコルドバに来たわけではなく、単なる偶然でした。
スペイン語がしゃべれないので、どういう祭りなのかは分かりませんでした。
おそらく地元の人たちの集まりなのかなと思います。

楽しそうなので寄ってみることにしました。

100くらいのテントがあり、それぞれで音楽がかかっています。
みんな酒を飲みながら楽しそうにダンスをしていました。
子どもから老人まで、みんな踊るのが大好きでした。

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せっかくなので、私も一つのテントの中に入りました。
東洋人は私だけ。
目立ったのか、手招きされて酒をもらいました。
そしてダンスに誘われ、踊りの輪の中に入れてもらいました。

振り付けをみんなが教えてくれて、一緒に踊りました。
みんな明るくて人懐っこくてとっても楽しい!!

言葉はまったく分かりませんでしたが、一緒に踊っていれば言葉なんかいりません。
メチャクチャ楽しい時間を過ごしました。

陽気で親切な人たちばかりでスペインは最高です。

翌日はグラナダに向かいました。
コルドバのホテル予約はこちら↓↓

スペイン旅行記 セビリアでフラメンコ鑑賞

ポルトガル南部の町ファロから、朝一のバスに乗りスペインのセビリアに向かいました。

セビリアはスペイン南部の町でアンダルシア州の州都です。
オペラ「カルメン」の舞台でもあります。
また、フラメンコ発祥の地とも言われています。

スペイン南部の政治、経済、文化の中心地であり、観光都市でもあります。
多くの旅行者が集まります。

ファロから、途中でバスを乗り換え昼過ぎにセビリアに到着しました。

セビリアの町は道が入り組んでいます。
ちょっと迷いながらも、何とか宿を確保しました。

セビリア観光

セビリアには1泊だけの予定だったので、さっそく観光に出かけました。

セビリアを訪れたのは5月末だったのですが気温は36℃くらいありました。
でも、カラッと乾燥していたのであまり暑さは感じませんでした。
気持ちいい気候でした。

町中を歩いてみると、白い壁の街並みがとてもきれいでした。

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けっこうセビリアの街並みは気に入りました。

世界遺産 セビリア大聖堂

セビリア大聖堂は1402年に建設が始まり、16世紀に完成した大聖堂です。
世界第3位大きさの大聖堂だそうです。

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セビリア大聖堂は「セビリアの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館」として、世界遺産にも登録されています。
セビリアでもっとも有名な観光スポットです。

隣接するヒラルダの塔はかつてはモスクのミナレット(尖塔)だったのですが、アラベスク模様はそのままに増築する形で建設されました。

ヒラルダの塔は登ることができて、セビリアの町を見渡すことができます。

フラメンコ鑑賞

セビリアといえばフラメンコ
せっかくセビリアに旅行に来ているので、夜にフラメンコ鑑賞に出かけました。

フラメンコショーをやるバーやレストランのことをタブラオといいます。
セビリアにはいくつかタブラオがあります。
私はその中でも最も古い老舗のタブラオ「Los Gallos(ロス・ガジョス)」に行きました。

運よく前の方の席に座ることができました。
そして、いよいよ開演です。

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一人目から、すごい迫力で鳥肌が立ちました。
フラメンコは最高に楽しいです。

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その後もいろいろなダンサーが入れ替わりで情熱的なフラメンコを踊ります。

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フラメンコのギターもかっこよかったですね。

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観客もダンサーもみんながその場を楽しんでいる感じでした。

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フラメンコといえば女性の踊りのイメージがあったのですが、男性のフラメンコもありました。
女性とは違った迫力があって、とても良かったです。

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2時間弱でしたが、あっという間でした。
純粋に楽しかったです。

本当にフラメンコが見れてよかったと思います。

セビリアに旅行に行くのであれば、ぜひフラメンコは見てください。

セビリアを堪能した後、翌日にコルドバに向かいました。
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ポルトガル旅行記 南部の都市ファロ

ポルトガルを訪れた最大の目的はユーラシア大陸最西端のロカ岬に行くことでした。
ロカ岬を訪れた後、本当はスペインのセビリアに行くつもりでした。

しかし、ポルトガルの首都リスボンから直接セビリアに行くルートがなかったので、ファロという町に向かいました。

ファロはポルトガル南部にある町です。

リスボンから列車で3時間半くらいでした。

ファロの町

ファロの町について、すぐにセビリアに行こうとバスを探しました。
しかし、到着時間がおそくセビリア行きのバスはもうありませんでした。

しかたなく、宿を探すことにしました。

客引きのおばさんがいたので、ついていくことにしました。
そのおばさんはいい感じの人でした。

連れて行ってもらった宿は、20€でトイレバス付。
値切って16€にしてもらいました。

正直バックパッカーからすると安い宿ではないのですが、宿の人もいい感じだったので泊まることにしました。

ファロ観光

ファロはポルトガルの田舎町という感じでした。

正直、見どころというのはありませんでした。
ただ、南国という雰囲気があって、いい感じの町でした。

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※写真はWikipediaからお借りしました

ブラブラと町中を歩き、カフェで本を読んだりとゆっくり過ごしました。

西ヨーロッパでは宿代をケチるため、かなり駆け足で動くことが多かったのでのんびりできるのが贅沢な感じもしました。
あくせく観光するのではなく、のんびりと過ごす。
こういう時間もいいものだなと、感じました。

まあ、物価の安いアジアや東ヨーロッパでは、ダラダラしすぎて時間を無駄に過ごしたんですがね。

その後、夕食はファロの町でサンドイッチを買いました。
ディナーとしては貧相かもしれませんが、あくまでもバックパッカーなので。
でも、そのサンドイッチは美味しかったですね。

ポルトガルは海沿いなのでシーフードも豊富ですし、素材がよいので料理がおいしいです。
スペイン料理ほど有名なわけではないですが、ポルトガル料理もいいものですよ。

その後、商店で酒を買って部屋で飲みました。

翌日セビリアに向かいました。
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ポルトガル旅行記 ユーラシア大陸最西端のロカ岬

ユーラシア大陸最西端の国ポルトガル。
そのポルトガルの中でも、最も西に位置しているのがロカ岬です。

つまりユーラシア大陸最西端の地ということです。
ユーラシア大陸陸路横断を始めた私にとっての目的地だったところです。

ただ、以前も書いたように大陸横断していた2001年~2002年にかけ、9.11同時多発テロインドとパキスタンの関係悪化がありました。
そのためインドからパキスタンに陸路で入れず、エジプトまで飛行機を使うこととなってしまいました。

そのためユーラシア大陸陸路横断ができなかったのです。

ユーラシア大陸陸路横断の出発地点ロカ岬

そこで私はロカ岬をユーラシア大陸陸路横断の出発地点とすることにしました。

日本を離れてすでに10か月。
本来の目的地を出発地に変更し、ようやくユーラシア大陸陸路横断が開始するのです。

リスボンからロカ岬へ

ポルトガル初日は首都リスボンを観光し、2日目いよいよ出発地点ロカ岬を目指しました。

ロカ岬の観光拠点はシントラという町です。
リスボンからシントラまでは列車で1時間弱です。

そのシントラからロカ岬まではバスで40分ほどです。
そしてついにロカ岬に到着しました。

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ユーラシア大陸の西の端っこに到着です。
大西洋が広がっています。

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記念に石碑と一緒に写真を撮ってみました。
完全な陸路横断はできませんでしたが、最西端に来たんだと感慨深いものがありました。

せっかくなのでロカ岬の中でもさらに先っちょに立つことにしました。

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大西洋を見下ろしました。

ユーラシア大陸陸路横断開始

そして、ロカ岬の先っちょにてユーラシア大陸陸路横断開始です。

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ここから改めて大陸横断が始まるんだと気持ちが切り替わりました。
絶対に飛行機を使わず日本に帰るんだと心に決めました。

ここから約7か月をかけて日本に戻ることになります。

シントラ観光

ロカ岬からシントラに戻りました。
ついでというわけではありませんが、せっかくなのでシントラの町も観光することにしました。

シントラの文化的景観」として世界遺産にも登録されているのです。

シントラには丘があって、ブラブラと丘を歩いて上がりました。
丘の上にはシントラ宮殿があります。

丘の上からの眺めはきれいでした。

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赤い屋根と緑が美しいです。

ポルトガルの田舎町はのんびりしていていい感じでした。

ロカ岬、シントラの町を堪能し、リスボンに戻りました。
ロカ岬ではしゃぎすぎたのか、帰りの列車は寝てしまいました。

リスボンでもう1泊し、次の町ファロに向かいました。
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ポルトガル旅行記 首都リスボン

スペインの首都マドリッドで夜行バスに乗り、ポルトガルの首都リスボンに向かいました。

ポルトガルはユーラシア大陸の最西端ロカ岬がある国です。
バックパッカーとしてユーラシア大陸陸路横断を始めた私にとっての最終目的地だったところです。

ただ、大陸横断していた2001年~2002年にかけ、9.11同時多発テロインドとパキスタンの関係悪化がありました。
そして、インドからパキスタンに陸路で入れず、エジプトまで飛行機を使うこととなってしまいました。

結果としてユーラシア大陸陸路横断ができなかったのです。
でも、バックパッカーとしては、やはり陸路横断はあきらめられません。

そこで、ポルトガルから日本まで陸路横断するためのスタート地点とすることにしていました。

リスボン到着

夜明け前、うっすらと明るくなるころにバスはテージョ川を渡りリスボンに到着しました。

テージョ川にかかる橋から見るリスボンの町は美しかったです。

リスボン到着後にまず宿探しをしました。
ユースホステルに行こうとしたのですが、早朝のためかまだ空いていませんでした。
バックパックを背負って歩き回り宿を探し、無事確保できました。

その宿のビルの1階が警察になっていて治安という意味では最高だったかもしれません。
しかも、町の中心部でロケーションもよかったです。

リスボン観光

宿を確保できたので、すぐに観光に出かけました。

5月のリスボンは日差しは強いが、カラッとしていてとても気持ちいい気候でした。
そして街並みもよかったです。

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赤い屋根が並んでいて、統一感があるところが美しかったです。

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リスボンの町はとても居心地がいい町でした。

ポルトガル料理

町をぶらぶらしていると、夕食時になりました。
ポルトガルは海に面した国であり、料理がおいしいということでけっこう楽しみでした。

町中を歩きながら、良さそうなレストランに入りました。

魚のソテーを頼んだのですがとても美味しかったです。
やはり海がある国の料理は良いですね。

価格も安くておいしくてとても満足できました。

リスボンを楽しみ、翌日いよいよユーラシア大陸最西端のロカ岬に向かいました。
ロカ岬の様子はこちら
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スペイン旅行記 首都マドリッド

バルセロナでサグラダ・ファミリアなどを堪能した後に、首都マドリッドに向かいました。

マドリッドはスペインのちょうど真ん中くらいに位置しています。
バルセロナからは西に600km超のところにあります。

飛行機なら1 時間 20 分、スペインが誇る高速鉄道AVEなら2時間半程度で着きます。

ただ、当時の私はバックパッカーだったので、移動にそんなお金は出せません。
最も安い移動法であるバスで移動しました。
8時間ほどです。

2002年当時のマドリッド

私がマドリッドを訪れたのは2002年でした。

そのころのマドリッドの噂は、はっきりいうと最悪でした。
何が最悪化というと、治安です。
※あくまでも2002年のころの話であり、最近はそれほどではないそうです。

マドリッドといえば「首絞め強盗」というくらい、バックパッカーの間では有名な話でした。
強盗数人に後ろから襲い掛かられて、首を絞められ、落とされて、身ぐるみはがされるというなかなかハードな強盗です。
特に日本人は狙われるということで、けっこうビビッてました。
※あくまでも2002年のころの話であり、最近は首絞め強盗もだいぶ減っているようです。

そのため、マドリッドは一泊もせずその日の夜に夜行バスで移動することにしました。
ですので、ついてすぐに観光に出かけました。

ピカソのゲルニカ(ソフィア王妃芸術センター)

マドリッドは0泊弾丸ツアーで、あまり時間をかけられませんでした。
その中で、これだけ入っておきたいと思っていたところがソフィア王妃芸術センターです。

20世紀の近現代美術を中心に展示している美術館であり、あのピカソの「ゲルニカ」が展示されている美術館です。

ピカソやダリなどの近代美術が展示されています。
正直なところ、私は印象派の絵画が好きで、ピカソやダリが好きなわけではありませんでした。
ただ、「ゲルニカ」は見ておきたいと思ってたので訪れてみました。

「ゲルニカ」とは、第二次世界大戦中ナチス・ドイツ空軍によってバスク地方の町ゲルニカが受けた都市無差別爆撃を題材として、ピカソが書いた絵です。
子どものころ教科書で見ていたので、一度見てみたいと思っていました。

そして、実物を見たとき、その迫力には圧倒されました。
私はピカソが好きなわけではありません。正直よくわからないですし。
でも、ゲルニカを見た時は、なんとも魂を揺さぶられるような感じがしました。

こんな絵が見られただけでもマドリッドに来たかいがあったと感じました。

初めてのパエリア

あまり時間がないマドリッド滞在。

美術館を訪れるとすでに夕方になってました。
夜行バスまでに少し時間があったので、夕食に出かけました。

そこでスペイン料理といえば「パエリア」ということでパエリアを頼みました。
内陸部のマドリッドだったのですが、シーフードパエリアです。

paella※そのときの写真ではありません。

そして食べてみてびっくり。
本当においしかったのです。

スペインは見どころも満載であり、そして食べ物もおいしいということで大好きな国になりました。

ちなみに私の中で、料理がおいしい外国ベスト3はこちらです。

  • 中国
  • 韓国
  • スペイン

※順番は順位ではなく私が訪れた順番です。個人的な感想です。

マドリッドの観光はできなかったのですが、スペイン料理の美味しさを味わえました。
今は当時に比べると治安も悪くないみたいですから、もっと観光してみたいなと思いますね。
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マドリッドは0泊で、短い滞在時間で終えました。
そして、ユーラシア大陸最西端の国ポルトガルの首都リスボンに向かいました。
リスボンの様子はこちら

 

スペイン旅行記 バルセロナでサグラダファミリア

フランスの首都パリを後にし、夜行バスでスペインのバルセロナに向かいました。

スペインといえば情熱の国。
西ヨーロッパの中では物価が安くて、ご飯もおいしいということでバックパッカーだった私も楽しみにしていた国です。

その中で最初に向かったのがバルセロナです。
バルセロナといえば、ガウディが設計したサグラダ・ファミリアがあったりする人気の観光都市です。

スペイン到着 スペイン人は親切

夜行バスに乗り、朝8時にバルセロナに到着しました。

まずは宿確保。
私がスペインを訪れたのは2002年。
当時はスマホもなく、その場で探して地図を見るということはできませんでした。

ですので、事前に情報を入手していた安宿に向かいました。

しかし、地図があいまいだったので、けっこう迷いました。
このままでは宿に到着できないので、その辺にいたスペイン人に地図を片手に聞きました。

相手は英語を喋れません。
私はスペイン語を喋れません。

でも、地図上で「ここ」と指さして、聞いてみるとみんな熱心にどっちの方向か教えてくれました。
とはいえ、言葉が通じてないのでなかなかたどり着けません。

しかし、徐々に近づいていることは間違いないので、聞きまくって何とかたどり着けました。

スペイン語もしゃべれない東洋人に、みんな親切に教えてくれたのでスペインの第一印象はかなり良かったです。
その後、出会ったスペイン人の方々もいい人たちだったので、今でもスペインは大好きです。

バルセロナ観光

宿を確保して、すぐにバルセロナ観光に出かけました。
5月のバルセロナ。
気候もよく、天気もよくて青空が広がっていて気持ちよかったです。

サンタ・エウラリア大聖堂

サグラダ・ファミリアに行く前に、サンタ・エウラリア大聖堂に行きました。

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バルセロナで最も古い建築物のひとつだそうです。
荘厳な大聖堂でした。

大聖堂の中に入ってみると、けっこういい感じでした。

サグラダ・ファミリア

そして、満を持してサグラダ・ファミリアに行きました。
世界遺産にも登録されているアントニ・ガウディ氏が手掛けた未完成の巨大教会ですね。

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1882年の着工し、もともとは完成までに300年くらいはかかると言われていたようです。
でも、現在では2026年の完成予定だそうです。

ちょっと写真は暗くて分かりにくいですが、さすがにサグラダ・ファミリアです。
その存在感はすごいです。

正直、これを設計したガウディは頭おかしいんだろうな、と思いました。
かなりエキセントリックでした。

グエル公園

サグラダ・ファミリアを観光した後、同じくガウディが設計したグエル公園に行きました。

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グエル公園の作りもかなりエキセントリックでした。
彩りも激しくてなかなかすごかったです。

天才と呼ばれる人は違うんだな、と感じました。
まあ、個人的にはこの公園では落ち着かないだろうなと思いましたが。

ピカソ美術館

バルセロナには、ピカソ美術館があります。

あの、ピカソです。

ピカソの友人のジャウメ・サバルテスの個人コレクションとバルセロナ市所蔵のピカソ作品を基礎に1963年に開館した美術館です。

ピカソの幼少期から青の時代の作品群が展示されています。

さすが天才。という感じでした。

バルセロナのビュッフェでのひと時

ランチにビュッフェにいきました。
日本でいうとバイキング形式ですね。
安くておいしいということで、バックパッカーには有名だった場所です。

残念ながら店の名前は忘れてしまいました。

そのビュッフェは6.6€(2002年当時)と安かったのですが、食べ物はもちろん、デザートやソフトドリンク、コーヒーなどもあってとても良かったです。
味もよくて大満足でした。

そんなバルセロナのビュッフェで、横の席に座った地元のおっさんの行動にびっくりしました。
クリスマスに食べるような鶏の足のローストを4本くらい持ってきました。
そんなに食べられるのかな?と思ってみていると、おもむろにビニール袋を取り出して3本放り込みました。

その後、見ているとなんだかんだとビュッフェの料理をがんがん放り込んでました。

店員は気付いているのやら、気づいていないのやら。
なかなか大胆なおっさんの行動がびっくりでした。

バルセロナはサグラダ・ファミリアとした観光スポットが満載です。
人もやさしく、食べ物もおいしいので大好きな町の一つです。

旅行すると楽しい町なのでぜひ訪れてみてください。
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バルセロナは1泊だけで駆け巡りました。
バルセロナの次は、スペインの首都マドリッドを目指しました。

マドリッドの様子はこちら

フランス旅行記 首都パリ

オランダの首都アムステルダムの次に、フランスの首都パリに向かいました。

夜行バスでパリに到着。
まずは宿確保です。

私がパリを訪れた当時、日本人バックパッカーの間で有名だった安宿が白い門です。
その白い門に向かいました。

韓国人のオーナーさんが作る朝食夕食付の宿でした。
安くてご飯がたくさん食べられるのでバックパッカーに人気の宿でした。

パリ観光

パリといえば、世界的な観光都市です。

それだけに建築物、美術館など見所が満載です。

セーヌ川

まずセーヌ川に行きました。
パリの中心を流れるセーヌ川沿いには多くの観光スポットがあります。

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残念ながらちょっと曇っていて、写真は暗い感じになってしまいました。

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でも、いろいろな観光スポット見られて満足でした。

凱旋門

パリの観光スポットといえば凱旋門ですね。
正式にはエトワール凱旋門というそうです。

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シャンゼリゼ通りの西端、シャルル・ド・ゴール広場にあります。
パリを象徴する建物です。

入場料を払うと上に上ることもできます。
屋上からはパリのパノラマ風景を楽しむことができるのですが、バックパッカーでせこかった私は上りませんでした。

エッフェル塔

もう一つ、パリを象徴する建物といえばエッフェル塔ですね。

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324メートルもある巨大な塔です。
私はデカい建築物が好きなので、とても楽しかったです。

真下から見るとさすがにデカかったです。

ノートルダム大聖堂

ノートルダム大聖堂(ノートルダム寺院) はゴシック建築を代表する建物です。

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荘厳な大聖堂で、とても見ごたえがあります。

モンマントルの丘 サクレ・クール寺院

モンマントルの丘は、パリで一番高い丘です。

そのモンマントル丘のいただきにそびえ立つのがサクレ・クール寺院です。

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白亜の美しい寺院です。

パリを一望できることもあり人気の観光スポットです。
パリに行くのであれば、ぜひ訪れてみてください。

オルセー美術館

私は絵画を見るのが好きです。
そんな私が、パリで一番楽しみにしていたのがオルセー美術館です。

オルセー美術館には、ミレーやルノワール、モネ、ピサロ、シスレーなどなど、とても素晴らしい絵がたくさん見られます。

私は印象派が好きなので、ルノワールやモネなんかの絵を見られて至福のひと時でした。
じっくりとゆっくりと、絵を堪能しました。

とても贅沢な時間でした。

ルーヴル美術館

美術館といえばルーヴル美術館ですね。
世界3大美術館の一つです。(残りはメトロポリタン美術館とエルミタージュ美術館)

モナリザやミロのヴィーナスなど、世界的な作品が数多く展示されています。

さすがに多くの人が訪れてとても混んでいます。
入場するまでにもだいぶ待ちます。

私が訪れた時は2時間待ちくらいになりそうということで、パリにはいずれまた訪れる機会があるだろうと思いあきらめました。

アニメショップ

番外編ですが、フランスでは日本のアニメが人気でpariす。

で、アニメショップなんかもあったりします。
私が訪れたのは2002年とだいぶ前の話ですが、その当時でもマンガ、アニメがたくさん売られていたり、フィギアが並んでいたりしました。

今ではきっともっと盛り上がっているでしょうね。

日本語のマンガも置いてあったので、ちょっと立ち読みしたりもしました。

日本の文化が受け入れられているのを見ると、日本人としてはやはりうれしいものですね。

 

パリは本当に見所が満載です。
さすがに世界的な観光地です。

私はバックパッカーだったので、ちょっとケチって充分に回り切れませんでしたが、次行くときはもっと堪能したいと思います。

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パリの次はスペインのバルセロナに向かいました。
バルセロナの様子はこちら

オランダ旅行記 首都アムステルダム 運河が美しい街

0泊のロンドン弾丸旅行の後、夜行バスでオランダの首都アムステルダムに向かいました。

アムステルダムは運河が張り巡らされたの運河の街です。
アムステルダムの環状運河地区は世界遺産にも登録されています。

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美しい運河の風景が広がっているので「北のヴェネツィア」とも呼ばれています。

アムステルダムは中世の雰囲気と近代的な街並みが融合した美しい町です。
また、美術館や博物館が充実していて見所が満載です。

アムステルダム観光

ロンドンからの夜行バスでアムステルダムに到着した後、すぐにユースホステルに向かいました。
無事に寝床を確保。
夜行バス2連チャンだったのですが、意外と元気だったので、すぐにアムステルダム観光に出かけました。

5月は気候もよくて、観光日和でした。

アムステルダムの運河

初日はがっつり観光というよりは、町中をプラプラと散歩した感じです。

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運河と緑、そして建物の組み合わせがとてもいい感じです。
散歩してるだけでも楽しい気分になりました。

ダム広場と王宮

アムステルダムの中心部にあるのがダム広場です。
このダム広場に面して王宮が建っています。

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「アムステルダム」の名前の由来となったもアムステル川をせき止めるダムがあった場所でです。
歴史的な中心地ともいえます。

ランチコンサート

たまたま町中を歩いていると、無料のランチコンサートがあるということで行ってみました。

3バイオリンと1チェロの構成でした。
40分ほどのコンサートでしたが、とても良かったです。

無料でこのような文化に触れられるのはとてもうれしいですね。
大満足でした。

このように初日は市内の中心地を巡りました。
アムステルダムは2,3泊するつもりだったので、初日はそれくらいにして宿に戻りました。

オランダ名物の風車

2日目はオランダ名物である風車を見に行きました。

アムステルダムから鉄道で20分ほどのところにある風車の街ザーンセスカンス に行きました。

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でっかい風車が回っていました。

アムステルダムからのアクセスがよいので、多くの観光客が訪れます。
いかにも観光地という感じではありますが、オランダらしい風景を見ることができました。

アムステルダム国立美術館

最終日はチェックアウトをして駅のコインロッカーに荷物を預けた後、美術館にいきました。アムステルダム国立美術館です。

レンブラントやフェルメールなどの有名な絵画を見ることができます。

私は絵画を見るのは好きなので、とても楽しい時間を過ごせました。

ゴッホ美術館

アムステルダムの美術館といえば、もう一つゴッホ美術館があります。

その名の通りゴッホの絵を中心とした美術館です。
なお、ゴッホの絵だけではなくゴーギャン、ロートレックなども見ることができます。

多くの人が訪れる人気スポットです。
個人的にはゴッホの絵はそれほど好きでもなかったのですが、せっかくなので訪れました。

最終日は美術館巡りで終了し、夜行バスでパリに向かいました。

おまけ(コーヒーショップ)

観光とはちょっと違う話ですが、いちおうコーヒーショップの話も書いておきます。

オランダはマリファナ(大麻)が合法です。
コーヒーショップと呼ばれるお店で購入することができます。

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けっこうそれが目的でアムステルダムに来るバックパッカーも多いですね。
私がどうしたかは内緒です。

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次回はパリについて書きます。
パリの様子はこちら

イギリス・ロンドン旅行記 ロンドン市内観光

イギリスの首都ロンドン。
ブリュッセルから夜行バスで入って、その日の夜行バスでアムステルダムに向かうという弾丸ロンドン旅行を行いました。

ユーラシア大陸横断をしているバックパッカー旅行中のことで、物価の高いロンドンをさっさと抜けるための方策です。

ロンドンに入って、まずは世界標準時、東経西経0度のグリニッジ天文台に行きました。
それでロンドンに入った目的のほとんどは達成したともいえるのですが、せっかくの大英帝国の首都です。
ですので、ロンドン市内のベタな観光地も訪問しました。

そんなロンドン市内の観光地をお伝えします。

バッキンガム宮殿

ロンドンで人気の観光名所の一つバッキンガム宮殿です。
子どものころの「ガムを捨てたら罰金を取られる宮殿は?」というなぞなぞを思い出す宮殿です。

エリザベス女王が住まいとしていて、執務を行っている宮殿です。

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バッキンガム宮殿といえば、衛兵交代式が有名です。
赤い服でモコモコの帽子をかぶっている近衛兵を見たことがる人も多いと思います。

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残念ながら、0泊弾丸旅行なので交代式を見るタイミングに訪れることはできなかったのですが、近衛兵だけは見ました。
この写真では、小さくて見にくいと思いますが、子供のころ方見ていた赤い服でモコモコの帽子の近衛兵を見ることができました。

せっかくロンドンに行くのであれば、タイミングを合わせて交代式も見たいですね。

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この写真はWikipediaからお借りしました。
次行くときは見たいと思っています。

ビッグベンとウェストミンスター宮殿

ビッグベンといえば、ロンドンにある大きな時計台ですね。

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ビッグベンという名はもともとは時計塔にいくつかある鐘のうちの最も大きい鐘の愛称でした。
それが時計台そのものの愛称となったそうです。

2012年6月にエリザベス女王の在位 60 周年祝典に敬意を表し、正式名称は「エリザベス タワー」と改められたそうですが、今でもビッグ ベンの名で親しまれています。

このビッグベンを見るとロンドンに来たなと実感できますね。

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なお、ビッグベンはウェストミンスター宮殿(英国国会議事堂)に付属する時計台です。
日本人にはどちらかというとビッグベンの方が耳に馴染みがあるかもしれませんが、ウェストミンスター宮殿はイギリスの国会議事堂であり、イギリスの政治の中枢なわけです。

大英博物館

世界最大の博物館の一つ大英博物館は見逃せないポイントです。

london10写真はWikipediaからお借りしました。

古今東西の美術品や文化財が収納されています。
エジプトのミイラ棺など様々な人類の遺産があります。

これらのものは、植民地時代に略奪したものなのですがね。
そのためか入場料は無料です。
ロンドンに行ったらいかないと損ですね。

一日では全てを見られないほどの規模ですが、私は何しろ0泊弾丸旅行だったので、さっ冨田だけです。

次回行くときはゆっくり見てみたいと思います。

ナショナルギャラリー

ロンドンにある美術館がナショナルギャラリーです。
こちらも入場料無料なので行かないと損です。

london11写真はWikipediaからお借りしました。

このナショナルギャラリーには多くの名画が展示されています。
これらを無料で公開しているというのはすごいです。

私は印象派の絵画が好きなのですが、ルノワールの名画などを見れてとても楽しかったです。

ここもゆっくり見ることができなかったので、次に訪れるときはじっくりと堪能したいです。

ハイドパーク

ロンドンには大きな公園がいくつかあります。
私はその中の一つ、ハイドパークを訪れました。

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緑が豊富な公園でした。
0泊弾丸旅行で、あっちこっちを忙しく歩き回って疲れた時に、このハイドパークでしばしの休息をとりました。

このような公園があるのはいいですね。

ちなみにロンドンは公衆トイレがタダでした。
他の西ヨーロッパの国ではだいたいトイレは有料です。
ベルギーではマクドナルド内のトイレも有料でした。
そんな中、無料のトイレがあるので、バックパッカーとしてはありがたかったです。
とはいえ、そのほかの物価が高いのですが。。。

寝不足で歩き回った1日を終え、夜行バスでアムステルダムに向かいました。
アムステルダムの様子はこちら

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