中国バックパッカー旅行記 帰国を延期し北京から洛陽へ

私にとっての初めてのバックパッカー旅行で予定していた1週間北京旅行はあっという間に過ぎてしまいました。
故宮(紫禁城)万里の長城など見所も多いし、街中も楽しいしであっという間に過ぎました。

そのときに一緒に旅行していた先輩の都合で現地滞在1週間だったのですが、私はもう少し中国に滞在したくてしょうがなくなりました。

中国からの帰りも行きと同じ燕京号での船旅です。
既に日本で往復でチケットを買っていました。

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中国滞在を延期

が、どうしても中国にいたかった私は、帰国便を1週間ずらせないか運行会社に聞いてみました。
すると追加料金500円で、便を変更できるとのこと。
「では、1週間伸ばしてくださいと」二つ返事でも1週間中国滞在が伸びました。

ちなみに私が本来乗るべき船便に乗っていないことを旅行会社が失踪と間違え、家族が心配したということを帰国後知ることになりました。
先に帰国する先輩に日本についたら言っておいてといってたのですが、先輩が日本につく前に旅行会社から連絡がいくとは想定外でした。

当時はメールもなかったですからね。
皆さん家族を心配させないようにちゃんと連絡しましょう。
今ならメールなんかで簡単にやり取りできるんですがね。

北京からの行き先

さて、1週間延期することとなり、北京だけではもったいないのでどこか別の町に行くことにしました。

どこに行くかはいろいろと悩みました。
あまり遠いところは移動時間がかかりすぎ、無理だなと思いました。
なにしろ中国は広いですからね。
ちなみに1995年当時、北京から雲南省の昆明までの列車は72時間でした。

そこまでの時間はかけられないので、移動時間は12時間以内くらいにしようと思いました。
そんな中で選んだのが、洛陽です。
12時間でも十分遠いかもしれませんが、その当時は近いなーと思ってました。

洛陽を選んだ理由ですが、洛陽は中国の古都、歴史にも出てきますね。
私が好きな三国志にも出てくる後漢時代の首都ですし、列車は12時間程度で近い?し、龍門石窟少林寺黄河などの見所も多いです。
ちょうど船で知り合った学生バックパッカーさんの一人も行きたいということだったので、洛陽一緒に行くことにしました。

北京から洛陽への切符購入

移動手段は鉄道です。

1995年当時の中国のはオンライン化などはまったくできておらず、席の予約は駅ごとの割り当てが決まっている状態でした。

東京から新大阪への新幹線の指定席について例えてみると、
「東京から名古屋までは空席ありますが、東京から新大阪までの分は満席です。なので、東京から新大阪までは満席です」
というようなことが言われた状態でした。
実は名古屋でたくさん降りるので、じつは名古屋から新大阪までにも空席はできるはずなのですが、その実態を東京が把握できていない、そんな感じでした。
※説明がわかりにくい?

何にしろ、1995年当時の中国では、途中下車する人などの情報はリアルタイムでわからないので、あらかじめ割り当てられた席で販売するしかなかったのです。

中国の長距離列車は前、日本では考えられないような長時間の移動が普通です。
72時間の列車などもあるわけです。
駅もたくさんある中で非効率な割り当てが行われてたわけです。

そんな状況なので、中国で長距離鉄道の切符を買うのはとても大変だという話を聞いてました。
覚悟を決めて切符を買いに向かいました。

現在の長距離鉄道は北京西站(駅)からが多いのですが、当時は北京西站がなく全部北京站からでした。

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北京站はとても巨大な駅です。

その北京站の長距離の切符を買う売り場は長蛇の列です。
特に寝台を買おうとすると1週間以上空きがなかったりというのが当たり前でした。

寝台は「硬臥」(インウオといいます)取れれば相当ラッキーです。
そして、「硬座」(インズオ)というのが新幹線の指定席です。

そしてそれも取れないと「無座」となります。
文字通り、座席がないため自由席的な感じになるわけなのです。

ちなみに当時の硬座の乗車率は、日本の年末年始の新幹線の乗車率を越えます。
つまり基本的に座席は埋まっているため、無座はそれ以外の空間はなわけです。
しかも、年末年始の新幹線以上の込み具合なわけです。
そして、12時間以上の移動になるわけです。。。おそろしいですよね。。。

要は「硬臥」(寝台)はもとより、硬座指定席ですら、席が確保できているということ自体がたいへんだったのです。

外国人窓口

しかしながら、外貨獲得のために観光収入は重要なわけで、外国人専用窓口というのがありました。
そこは中国人の枠とは別に外国人用の席枠が確保されているんです。
なので、私と一緒に行く学生バックパッカーはそこに並びました。
鉄道の窓口は国営なので、サービス精神ゼロの偉そうなおばさんでした。

でも、無事に硬臥(寝台)のチケットを得られました。
偉そうなおばさんであったとしても、感謝したくなりました。

いざ洛陽へ

そして、当日。
北京から洛陽まで12時間の寝台列車の旅です。
上下二段の寝台列車です。
横幅1mはない幅ですが、寝るには十分な感じでした。
バックパッカーなので感覚がおかしかったかもしれませんが、12時間程度はなんてことはありませんでした。

ちなみに、その後のバックパッカー旅行ですと10時間程度の移動だと、「近いんですね」と、普通に言ってしまうようになっていました。
「え?近いの?」といわれて、(普通に考えると、10時間の移動は近くないわなー)と、われに戻ってました。

そんな感じでラッキーにも洛陽までは、寝台列車で楽に行きました。
次回は洛陽の観光についてお伝えします。

洛陽についてはこちら

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