ユーラシア大陸陸路横断を目指し、最初に目指した国が韓国でした。
ユーラシア大陸陸路横断が目標であるたびで、飛行機に乗るわけにはいかないので、日本から韓国へも船で行くことにしました。
下関から韓国の釜山へのフェリーを利用する計画です。
2001年8月7日、当時住んでいた大阪から、まずは下関を目指しました。
いよいよユーラシア大陸横断バックパッカー旅行の始まりです。
下関への移動
新幹線だと高いので、まずは大阪南港から新門司港まで名門大洋フェリーで移動しました。
このフェリーだと7000円弱で新門司までいくことができます。
夕方に出て朝につく夜行フェリーで12時間くらいかかりますが、これから1年半の旅に出るわけですから気にするほどの時間ではありません。
二等の雑魚寝ですが、寝れるので問題なしです。
瀬戸内海を通るので揺れもそんなにありませんでした。
朝方に新門司港に到着。
港に無料バスが待っていますので、JRの小倉駅まで載せてってもらいます。
九州の端っこ小倉から、本州の端っこ下関まではJRでわずか15分ほど、すぐにつきます。
せっかくの下関なのでフグでも食べたいところでしたが、バックパッカーを始めるところだったので贅沢はできません。
安めの食事で済ませました。
下関から釜山へ
下関から釜山へは関釜フェリーを利用しました。
下関を夜に出て翌朝にプサンに到着します。
料金は2等室で1万円程度です。
下関のフェリーターミナルへ行くと、8割くらいが韓国人でした。
8月は夏休みシーズンであり日本人学生も多いかと思っていましたがそうでもなく、数人程度でした。
欧米人バックパッカーも数人いましたね。
出国審査を終え、フェリーに乗り込みました。
船は大阪南港から新門司行きのフェリーと、大きさ設備面でも大差ありませんでした。
二等席は雑魚寝です。
数少ない日本人バックパッカーたちと軽く話をして、眠りにつきました。
釜山に上陸
朝、いよいよ釜山に上陸。
ユーラシア大陸横断の1ヶ国目である韓国に入りました。
いよいよこれからユーラシア大陸横断のスタート地点についてか思うと、やはり気分が高揚しました。
釜山はソウルに次ぐ韓国第二の都市です。
朝鮮半島の南東の端っこにある港町です。
まずは安宿を探しました。
無事港のそばで安めの旅館を見つけ荷物を置いた後は、観光がてら釜山の町をぶらぶらと歩きました。
第二の都市だけあって、かなり都会です。
港町だけあって、チャガルチ市場という韓国最大級の水産市場もあります。
韓国といえば、焼き肉など肉料理を思い浮かべることが多いと思いますが、海産物も豊富です。
残念ながら写真が残っていないのですが、市場は活気がありました。
アジアを感じられて、なかなか良かったです。
ただ、釜山には長居する気はなかったので、翌日慶州(キョンジュ)へと向かいました。