北京を離れ次なる町、蘭州へと向かいました。
蘭州は観光目的というよりはチベットを目指すための通過地点という位置づけでした。
蘭州からゴルムドへ移動し、そこからバスでチベットのラサに入るルートです。
2001年当時は、まだチベットラサまでの鉄道、青蔵鉄路が通っておらず、ゴルムドからバスで行くのが一般的でした。
ユーラシア大陸横断を初めて1か月。ようやくバックパッカーらしい感じになってきました。
蘭州の場所
蘭州は北京から東に約1500km、標高1600mの高原にあります。
列車の移動時間は、確か28時間くらいでした。
28時間と聞くと長く感じるかもしれませんが、バックパッカーだった私にとってはそれほど長時間の移動とは感じませんでした。
とはいえできれば、硬臥(二等寝台)で行きたかったのですがチケットが取れなかったため、しょうがなく硬座(二等座席)で行くことにしました。
2001年当時の中国の鉄道事情では、硬座は足の踏み場もないぎゅうぎゅう詰めの状態であることが多かったです。
なので覚悟していたのですが、意外とすいていて普通に座っていくことができました。
蘭州への列車の中で
28時間の列車の中。
基本的には寝てるか外を見てるか、ぼーっとしているかです。
暇だったのですが、たまたま向かいに座った中国人がいい人でビールや干し肉をくれました。
片言の中国語で何とか会話しました。
酔って騒ぐというほどではありませんが、長距離の鉄道の旅を楽しみました。
寝台だとなかなかこういうコミュニケーションはとれなかったかもしれないので、座席でよかったのかもしれませんね。
そしていつの間にやら、若干酔った状態で蘭州に到着。
28時間、座りっぱなしの列車の旅でしたが、当時の私にとっては楽なものでした。
ビールをくれた中国人に別れを告げ、蘭州の駅を出ました。
蘭州の町
まずは宿探し。
駅前にいた客引きについていったところ、招待所に泊まることができました。
招待所とは外国人向けホテルではなく、現地の人が寝泊まりする安宿です。
到着は午後だったので、その日はゆっくりして翌日蘭州の町を観光しました。
とはいえ、蘭州自体にはあまりよい観光スポットはありませんでした。
町中を流れる黄河を眺めるくらいでした。
雨が降ってきてたため写真が暗くてわかりにくいですが、黄河はやはり黄色かったです。
蘭州は標高1600mの場所にあるので、雨が降ると9月でもけっこう寒かったです。
観光を終えた後、次の町ゴルムドを目指しました。
ゴルムドの町
ゴルムドは蘭州からさらに西へ約1000km。
青海省の町です。
標高はさらに上がり、2800mにもなります。
チベットのラサは標高3600mと富士山の頂上くらいのところにありますし、ゴルムドからラサに抜ける際には、標高5200mを越えていく必要あります。
高山病にならないように順応するため、標高2800mのゴルムドには数日泊まりました。
ゴルムドの町では市政府招待所という公共の宿に泊まりました。
たいそうな名前ですが、シャワーがありませんでした。
したがってチベットのラサに着くまで数日間はシャワーを浴びれませんでした。
中国の西部に位置していることもあり、モンゴル族、チベット族、回族(ムスリム)などの少数民族が住んでいました。
町中ではイスラム料理なんかも食べられました。
屋台がたくさん出ていて、羊肉串や砂鍋などいろいろ楽しめます。
砂鍋は一人前の土鍋に野菜や肉など具だくさんにしてスープで煮込んだ鍋はとても美味しかったです。
そして、ゴルムドでのミッションの一つであったビザの延長も行いました。
特に何の問題もなく手続きが終わりました。
1ヶ月ビザをさらに1ヶ月延長できこれでチベットもゆっくり滞在できます。
ネットカフェでメールをチェックしていると北京で出会ったバックパッカーからメールが入り、ゴルムドに翌日来るとのことでした。
※2001年当時はスマホやWifiなどはないため、時々ネットカフェに行く必要がありました。
で、翌日無事に合流できました。
チベットへの闇バス
ゴルムドからチベットのラサへのバスは、正規料金だと2300元(当時のレートで3万円くらい)しました。
当時、チベットに入るためには高額なツアー形式で入る必要があったのです。
そこでそれをかいくぐるための闇バスというものがありました。
ブローカーが斡旋しており、バスの運転手が検問所で見つからないようにかくまってくれるものです。
料金は700元、正規料金の3分の1くらいでした。
ただし、途中で見つかるとゴルムドの町に戻され、罰金を払わされたりというリスクもありました。
私は最初、リスクもあるし、面倒なので正規料金で行こうかなと考えていたのですが、やはり2300元は高いですし、合流したバックパッカーも闇で行きたいとのことだったのでとりあえず探すことにしました。
と、探している、欧米人5人が闇バスで見つかり500元の罰金を払わされている姿を目撃しました。
ちょっと不吉な感じだでした。
そんな中、闇バスを見つけたので交渉したところ、金額が折り合わず決裂。
もう一台見つけて金額交渉も終わったのですが、すでにそのバスに乗り込んでいた数人の欧米人がリスクが高くなると拒否されてしまいました。
その後、なかなかバスは見つからなかったので、トラックの運ちゃんに声をかけました。
何台か声をかけると、なんと200元で行ってくれるとのこと。
正規料金の10分の1以下、闇バスの3分の1以下です。
しかも料金は後払いでOKとのこと。
破格の条件です。
我々は二つ返事でOKしました。
そのトラックに乗り込み、チベットラサへと向かいました。